盗塁は何割成功すれば得?場面別に得点確率で検証
2026-04-08
盗塁の損益分岐点
盗塁は成功すればチャンスが広がりますが、失敗すればアウトが増えてチャンスが潰えます。では、何割成功すれば「盗塁を仕掛けた方が得」と言えるのでしょうか。今回はバントの記事と同様に、得点確率(少なくとも1点が入る確率)の観点から場面別に検証します。
得点確率表
| 走者状況 | 無死 | 一死 | 二死 |
|---|---|---|---|
| 走者なし | 26.8% | 15.5% | 6.7% |
| 一塁 | 41.6% | 26.5% | 12.7% |
| 二塁 | 61.4% | 39.7% | 21.6% |
| 一二塁 | 61.0% | 40.6% | 22.2% |
| 三塁 | 84.3% | 66.0% | 25.7% |
| 一三塁 | 86.0% | 63.4% | 27.0% |
| 二三塁 | 85.2% | 67.6% | 26.0% |
| 満塁 | 86.1% | 65.7% | 31.6% |
出典: Tom Tango, tangotiger.net/re24.html(MLB 2010-2015)
損益分岐点の計算方法
盗塁の損益分岐点は以下の式で求めます。
損益分岐点 = 失敗時の低下幅 ÷(成功時の上昇幅 + 失敗時の低下幅)
成功すれば走者が進塁して得点確率が上がり、失敗すればアウトが1つ増えて走者もいなくなるため得点確率が下がります。ここで注意したいのは、失敗時はアウトカウントが1つ増える点です。例えば無死一塁での失敗は「一死走者なし」の状態になります(無死走者なしではありません)。二死の場面で失敗するとスリーアウトでイニング終了(得点確率0%)となります。
場面別の損益分岐点
二塁盗塁(一塁走者が二塁へ)
無死一塁(41.6%)
- 成功 → 無死二塁(61.4%):+19.8%
- 失敗 → 一死走者なし(15.5%):-26.1%
損益分岐点:26.1 ÷ (19.8 + 26.1) = 56.9%
一死一塁(26.5%)
- 成功 → 一死二塁(39.7%):+13.2%
- 失敗 → 二死走者なし(6.7%):-19.8%
損益分岐点:19.8 ÷ (13.2 + 19.8) = 60.0%
二死一塁(12.7%)
- 成功 → 二死二塁(21.6%):+8.9%
- 失敗 → イニング終了(0%):-12.7%
損益分岐点:12.7 ÷ (8.9 + 12.7) = 58.8%
三塁盗塁(二塁走者が三塁へ)
無死二塁(61.4%)
- 成功 → 無死三塁(84.3%):+22.9%
- 失敗 → 一死走者なし(15.5%):-45.9%
損益分岐点:45.9 ÷ (22.9 + 45.9) = 66.7%
一死二塁(39.7%)
- 成功 → 一死三塁(66.0%):+26.3%
- 失敗 → 二死走者なし(6.7%):-33.0%
損益分岐点:33.0 ÷ (26.3 + 33.0) = 55.6%
二死二塁(21.6%)
- 成功 → 二死三塁(25.7%):+4.1%
- 失敗 → イニング終了(0%):-21.6%
損益分岐点:21.6 ÷ (4.1 + 21.6) = 84.0%
本塁盗塁(三塁走者がホームへ)
現代野球ではほとんど行われませんが、参考までに。
無死三塁(84.3%)
- 成功 → 得点確定(100%):+15.7%
- 失敗 → 一死走者なし(15.5%):-68.8%
損益分岐点:68.8 ÷ (15.7 + 68.8) = 81.4%
一死三塁(66.0%)
- 成功 → 得点確定(100%):+34.0%
- 失敗 → 二死走者なし(6.7%):-59.3%
損益分岐点:59.3 ÷ (34.0 + 59.3) = 63.6%
損益分岐点の数値上は一死三塁からは比較的低く出ますが、実際のホームスチール成功率はこれを大きく下回るため、まず行われない戦術です。
まとめ
| 場面 | 損益分岐点 | 評価 |
|---|---|---|
| 無死一塁→二塁 | 56.9% | 有効 |
| 一死一塁→二塁 | 60.0% | 有効 |
| 二死一塁→二塁 | 58.8% | 有効 |
| 無死二塁→三塁 | 66.7% | やや厳しい |
| 一死二塁→三塁 | 55.6% | 有効 |
| 二死二塁→三塁 | 84.0% | 厳しい |
| 無死三塁→本塁 | 81.4% | 厳しい |
| 一死三塁→本塁 | 63.6% | 数値上は低め |
二塁盗塁は損益分岐点が約57-60%で、プロの盗塁成功率(75%前後)を考えると 1点を取りに行く場面では有効な戦術 と言えます。
三塁盗塁は実戦で行われることが稀ですが、損益分岐点で見ると 一死二塁からは55.6% と意外に低く、1点が欲しい場面であれば走者の走力次第でリスクを取って仕掛ける価値もあります。一方で無死二塁からは66.7%、二死二塁からは84.0%とハードルが高く、ほぼ確実に成功する見込みがない限り仕掛けるべきではありません。
得点期待値ベースでの損益分岐点
ここまでは「少なくとも1点が入る確率」(得点確率)で計算しました。これは終盤の1点勝負のように 1点取れれば勝ち という局面で有効な考え方で、実は盗塁のハードルはこの基準では比較的低めに出ます。
一方、序中盤や点差がある程度開いていない通常の場面では、試合全体の総得点を最大化することが目的になります。その場合は 得点期待値(そのイニングに入ると予想される平均得点)で評価する方が適切で、走者を複数還せる長打の可能性などが反映されるため、損益分岐点は高くなる傾向があります。
Tom Tangoが公開しているRE24表(MLB 2010-2015)を使うと、同じ方法で以下のように計算できます。
| 場面 | 得点確率ベース (1点狙い) | 得点期待値ベース (通常場面) |
|---|---|---|
| 無死一塁→二塁 | 56.9% | 約71.5% |
| 一死一塁→二塁 | 60.0% | 約72.6% |
| 二死一塁→二塁 | 58.8% | 約70.2% |
| 無死二塁→三塁 | 66.7% | 約77.2% |
| 一死二塁→三塁 | 55.6% | 約66.4% |
| 二死二塁→三塁 | 84.0% | 約90.4% |
| 無死三塁→本塁 | 81.4% | 約89.3% |
| 一死三塁→本塁 | 63.6% | 約86.5% |
セイバーメトリクスの古典『The Book』(Tango, Lichtman, Dolphin)で「盗塁の損益分岐点はおよそ72-75%」と言われるのはこの得点期待値ベースの計算に基づきます。通常の場面では得点期待値ベース、終盤の1点勝負なら得点確率ベースで判断する、と使い分けるのが基本的な考え方です。
赤星式盗塁
阪神タイガースの赤星憲広(2001-2009年で通算381盗塁)が現役時代に提唱したとされる簡便法が「赤星式盗塁」です。
赤星式盗塁 = 盗塁成功数 − 盗塁死数 × 2
この値が正であれば「盗塁でチームに貢献している」と判断できるという考え方です。式を変形すると、盗塁成功率が 2/3(約66.7%) を超えていれば貢献、下回っていればむしろマイナスということになります。
66.7%という数字は、今回計算した得点確率ベース(57-60%)と得点期待値ベース(70-75%)のちょうど中間あたりに位置します。赤星自身がこの式の根拠として何を参照したのか(セイバーメトリクスの知識に基づくのか、経験則なのか)は公開情報からは明確でなく、ここでは推測しません。ただし結果としては現代の分析と大きく矛盾しない水準になっており、暗算できる目安として優れています。
赤星自身は通算盗塁成功率が約80%とこの基準を大きく上回っていました。
バントとの違い
バントの記事では多くの場面で「あまり有効でない」という結論でしたが、盗塁は逆にほとんどの場面で有効です。これは盗塁の成功がアウトを消費せずに走者を進められるためです。バントは成功しても必ず1アウト増えますが、盗塁は成功すれば打者の打席も残ります。
ピッチクロック時代の盗塁
2023年にMLBで導入されたピッチクロックにより、投手が牽制や間合いに使える時間が制限されました。その結果、盗塁の成功率と企図数が大幅に増加しました。盗塁がもともと有効な戦術であったところに、さらに有利な環境が整ったと言えます。
積極走塁の判断にも使える
盗塁とは少し離れますが、打者走者や走者が本塁や三塁を狙って積極的に走塁し、際どいプレーでアウトになると、その走者や三塁コーチャーは「走塁ミス」「判断が悪い」と叩かれがちです。しかしこの評価は必ずしも正しいとは限りません。
走塁の判断も盗塁と同じく確率の問題です。外野手の肩の強さ、送球の正確性(それる確率やそれ具合)、中継プレーの精度、捕手のブロック技術などが絡み、成功確率は場面ごとに変動します。その成功確率が損益分岐点を上回っているのであれば、結果的にアウトになっても判断としては正しかったことになります。
この記事の得点確率表・得点期待値表は、そうした積極走塁の妥当性を考える際の目安にも使えます。例えば一死一塁で長打が出て打者走者が三塁を狙う場合、成功すれば「一死二三塁」、失敗すれば「二死二塁」になります。二塁走者が本塁を狙う場合も同様に状態遷移を追えば、必要な成功確率が見積もれます。本塁を狙う判断は損益分岐点が高めに出ることが多く、ホームスチールの項で見たように一死三塁→本塁でも数値上63.6%が必要です。
野球中継や結果論では「アウトになった=走塁ミス」として扱われがちですが、期待値の観点では、成功確率が閾値を超えているならチャレンジする方が正解です。実際に三塁コーチャーの判断は保守的すぎる(走らなさすぎ)かもしれない、という見方もセイバーメトリクスでは以前から指摘されています。例えばFangraphsコミュニティの分析では、犠牲フライでランナーをホームに送らない判断が平均的なチームで年間約4得点の機会損失になっているという試算があります。背景には「1人でもアウトになれば叩かれるが、セーフで還しても当然視される」という心理的偏り("thousand attaboys"問題)があるとも言われます。